夜市(Pasar malam)
夜市(Pasar malam) Pasar はマレー語で市場、malamは夜という意味です。
マレーシアを含む東南アジア、香港、台湾などでは、毎夜、日本の縁日の露店のようなものが各所で出ていて、飲食物や日用雑貨などが売られています。
夜市は毎日場所を変えて開かれています。(曜日毎に場所が決められていて、私の自宅の近くは木曜日です。他の曜日の夜市も車で20分以内で行ける場所です。)夜市は夕方6時頃から夜11時頃まで開かれています。開始早々に行くと、人もまだ少なめで歩き易いですが、ピークの7~9時頃に行くと、市場内を歩くのも困難なくらい大勢の人々で賑わいます。
フルーツの粉ジュース
観賞魚
右側でサトウキビ(甘蔗)を搾っています。
ジャックフルーツ(マレー語ではNangka ナンカ)
芋の天ぷら
スチームボート(1串RM0.60)
たい焼きの中身は、あんこ、チョコレートクリーム、ストロベリークリーム、カスタードクリーム、ピーナッツクリームです。
シューマイやパン
シャークフィンスープ
黒酢とお酒を好みの量入れて食べます。
ラクサのスープは辛くて酸っぱいです。
具はトッピングするものを自分で選びます。
シャークフィンスープとチャイニーズラクサ
朝市(Pasir pagi)
上の夜市が開かれる場所は、毎日、早朝から昼前まで朝市(Pasir pagi)が開かれます。Pasar
はマレー語で市場、pagi は朝という意味です。
服・下着などの衣類、はさみ・茶碗などの日用品、野菜、魚、フルーツ、お菓子、パン等いろいろな物が売られています。また、ヨンタウフや焼きそばなどの屋台も出ていて朝食を食べている人がたくさんいます。
屋外のスーパーマーケットのような感じです。内臓を除去された丸裸状態のが丸ごと売られています。こちらの人はマレー人も中国人も鶏肉を好んでよく食べます。
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