ペラ州イポー市は、街の中心を南北に流れるキンタ川 Sungai Kinta により西側が旧市街、東側が新市街に分けられます。新市街には、オフィスビルや銀行、ホテル、ショッピングセンター、レストラン、コーヒーショップなどの商業施設が集まっています。
新市街にあるグリーンタウンは、1980年代後半からイポーの行政と商業の中心へ変わりました。グリーンタウン・ビジネスセンターはその中心にあります。(下のグリーンタウンの写真を撮った日は、マレーシアの独立記念日で、行政機関、民間企業、学校などが休日のため閑散としていました。)
シュエンホテルはイポー新市街の中心グリーンタウンにあり、その周りにショッピングセンターや公園、銀行、レストラン等があり便利です。ホテルはコロニアル風、白枠にガラス張りの外観でとても目立つ大型の高級ホテルですが、ちょっと老朽化した感じです。
GREENTOWN BUSINESS CENTRE
日本食レストラン天狗(TEN GOOD)
BANGUNAN PERSEKUTUAN IPOH
Majlis Bandaraya Ipoh
Roundabout
Jalan Sultan Abdul Jalil
Parkson(百盛) Ipoh Parade
この100¥ショップは閉店しました。
Syuen Hotel
ロールスロイス
Syuen Hotel の隣の Recreation Parks
Persiaran Greenhill
カー用品を販売しているようですが、Autobacs のマレー語表記?
Tower Regency Hotel
TOKYO Hotel
YMCA Hotel
-
マレーシアを代表する第一次産業ば、天然ゴム、スズ、パームオイル、原油、木材などがあげられます。イギリス植民地支配下の19世紀に、マレー半島で天然ゴムのプランテーション開発が進められました。特に20世紀初頭、イギリスの資本を基に大規模なプランテーションが数多く開発されました。プラン...
-
東南アジアのムスリム人口 現在、東南アジアのムスリム(イスラム教徒)の人口は2億3362万人です。これは東南アジアの総人口の39.4%に相当します。特に島嶼部東南アジアのインドネシア、マレーシア、ブルネイでは住民の大多数がムスリムであり、イスラム教が国教的地位を占めています。...
-
イギリス植民地支配:海峡植民地 16世紀初めのポルトガルのマラッカ占領は、ヨーロッパの勢力による東南アジア植民地化の起点となりました。とはいえ、ポルトガルやオランダは、もっぱら港市マラッカを交易拠点として確保することに関心を注いでいました。こうした植民地支配の形態が変化するの...
-
マレーシアのスズ鉱産業は、1848年、ペラのラルートでのスズ鉱山開発が始まりです。イポーのキンタ渓谷からクアラ・ルンプールのクラン渓谷にかけての一帯はマラヤン・ティン・ベルト(Malayan Tin Belt)と呼ばれ、世界最大のスズ生産地として名を馳せま...
-
日本占領期、イギリス復帰 1941年12月、太平洋戦争の勃発時は、マラヤのイギリスは完全に準備ができていませんでした。1930年代、日本の海軍力が増大する脅威を想定し、彼らはシンガポールで大きな海軍基地を建設していましたが、北からのマラヤの侵攻を予想しませんでした。極東には実...